
とても楽しい意見交換でしたので、こちらにも転載させて頂く事にしました。
加藤 悦子様
仏教においては神仏が実在するかどうか自体が問題になるのではなく、神仏の存在やはたらきを、我々が限定的な意識を通してしか認識出来ないことが問題になるのだと思います。
意識や言語には限界があります。神仏を何らかの形で表現した時には、すでにそのものとは乖離してしまう。そのことを自覚した上で、聖なる次元の獲得を目指すのが、仏教者の本来のあり方と私は考えます。
上に書いたような意味で、私は神仏の存在は確信していますが、特定の人を介した口寄せや心霊占いは、結局それをする本人の言語体系を超えたものは出てきませんから、結局その人の考え方を聞くに過ぎないと捉えています。
全雄
仏教者に、聖なる次元、は必要ありません。それは、仏教者に求められているかもしれませんが、仏道に聖なる次元は、必要ないのです。瞬間瞬間の変化を説 く「無常」、あらゆるものは変化するが故に不安定で満足が成り立たない「苦」、関係によって支えられて存在しているにすぎない「無我」、を理解するのに、 聖なる次元は、関係がないのです。理性、道徳は必要です。妄想がないこと、も大変重要です。
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