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zaike2号

Author:zaike2号
 東海ダンマサークルでは、東海地方をベースにお釈迦さまの説かれた「テーラワーダ仏教(初期仏教・上座仏教)」を、皆さんと一緒に学び実践するために活動しています。
 また、日本テーラワーダ仏教協会より、定期的に長老(お坊さま)方をお招きし、法話・勉強会・冥想実践(ヴィパッサナー)を行っています。

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#jtba「時間の正体②~ないのもを求めず、現実に生きる~」  2/2






協会のfbより紹介です。





#jtba「時間の正体②~ないのもを求めず、現実に生きる~」

■不可能に挑む
 時間という妄想概念が現れて、人類の主権を簒奪するようになりました。かなり昔から徐々に進行した出来事なので、この状況が、みな自然だと思っているのです。実在しない時間を信じるが、変化を信じないのです。

 ですから、歳を取ると、老いると、悩むのです。歳は何歳であっても、二十代、三十代の頃の身体で生きていたいのです。病気になると、ひどく狼狽するのです。死を怖がるのです。妄想の産物である時間は認めるが、絶対的な現実である無常を否定しているのです。
 
 真理を変えることは不可能です。例えば「地球が丸い」ということは、変えられないのです。人間がこの不可能に挑戦しているのです。成功しないのは当然です。ただ、悩み苦しみが増えるだけです。

 この妄想は、さらに拡大します。死にたくはない気持ちがあります。肉体が壊れることは避けられないと知ってはいるが、認めたくはないのです。それで「永 遠の命」を考えるのです。何の証拠もないが、命は永遠であると盲信するのです。それに反論されたら困ります。ですから、「肉体が壊れても、壊れない霊魂が ある」と弁解するのです。霊魂がある、という証拠もないのです。人間には霊魂があることにしているのです。

 ついでに、「神」という妄想概念も作るのです。証拠はないが、神はいるということにするのです。神がいるということの証拠として、「霊魂がある」と言う のです。霊魂があるということの証拠として、「神がいる」ということにするのです。まともな人間ならやることではないが、みな真剣まじめです。

 これも、「無常に逆らいたい」という気持ちから起きた現象です。不可能に挑戦しているのです。無駄な努力になることは決まっているのです。問題の発端 は、「時間がある」と思った失敗にあります。無常を発見できなかったから、この失敗が起きたのです。ですから無常を発見する人は、一切の悩み苦しみから解 放されます。

■過去・現在・未来
 時間という妄想概念から生まれた次の観念は、「過去・現在・未来」です。みなそれがあると思っているのです。仏典では、過去・未来・現在という順番にしているのです。それには理由があります。「過去はあった、未来はありえるだろう」という意味です。

 過去と未来は実在しないのです。現在のみが実在する。観念的なことを先に言って、実際にあることは次に言うのです。ですから仏典の順番は、過去・未来・ 現在です。しかしこの考えも、真理として説くのではなく、世間の考えを整理しているだけです。なぜならば、「現在はある」と言っても、瞬時に消えてしまう のです。生きている生命がやるべきことはすべて、「現在」行わなくてはいけないのです。過去と未来は蜃気楼のようなものなので、どうすることもできませ ん。

 事実はこの通りですが、一般人には、過去もあり、現在もあり、未来もあり、なのです。ではこの三世について、均等に気にしているのでしょうか。それはほ とんどないのです。過去ばかり気にする人もいるし、将来のことにひっかかっている人もいます。過去と将来の両方を気にする人もいます。

 現在に注意する人は、なきに等しいのです。ある人は真剣まじめにこう言います。「私は背中の翼のことで悩んでいる」。またある人は真剣まじめにこう言い ます。「私は頭の角のことで悩んでいる」。ではこのお二方について、どんなアドバイスをすればいいのでしょうか。みなさまなら簡単に、「頭がおかしい」と 言うかもしれません。

 では質問します。「私は過去のことで悩んでいます」「私は将来のことで悩んでいます」このように訴える人に、どう答えればよいのでしょうか。人間の翼の ように、人間の角のように、過去も未来も存在しないのです。過去はあったでしょう。いま、ないのです。未来はもしかするとありえるでしょう。それも分から ないのです。しかし、いまはないのです。

 人間には立ち直ることが不可能なほど、悩み苦しみがあるのです。観察してみてください。その悩み苦しみは、過去か未来の悩みなのです。妄想の結果なので す。欲・怒り・嫉妬・落ち込み・後悔・怨み・無知などの大量の悪感情が、過去に対して未来に対して生まれて、現在のひとの心を痛めつけているのです。過去 と未来は妄想ですが、悩み苦しみと悪感情は現実です。

■現在も問題です
 人が現在を気にして生活するならば、問題は消えるのでしょうか。消えません。現在においても、執着が生まれるのです。いま食べるご飯に、いま聴いている 音楽に、執着が生まれるのです。いま話している相手に対して、怒りがこみあげてくるのです。いま起きている出来事について、よく理解できなくて無知が生じ るのです。

 人が過去と未来を忘れようとして生活するならば、すごく明るくて活発な人間になることは確かです。しかし、心に欲・怒り・無知などの感情が起きて、悩み苦しむことからは抜けられません。

 現在とは瞬時に消えるものなので、欲を抱くことにも、怒りをかきたてることにも、無知で落ち込むことにも、値しないのです。瞬間瞬間起きる出来事につい ても、「気にしない、執着しない、囚われない」という態度を取れるように、妄想や観念から脱出する訓練をした方がよいのです。

 結果は解脱です。お釈迦さまは物事のありさまを知って、「先(未来)を捨てなさい。後(過去)を捨てなさい。現在も捨てなさい」と説くのです。そうする人は、再び生老病死の苦しみに悩まされないのです。

○イラスト:髙橋優子
▼参考テキスト
心を打ちのめす時間~執着がなければ苦しみもなし~
http://www.j-theravada.net/howa/howa211.html
♪生きとし生けるものが幸せでありますように♪
写真: #jtba「時間の正体②~ないのもを求めず、現実に生きる~」<br /><br />■不可能に挑む<br /> 時間という妄想概念が現れて、人類の主権を簒奪するようになりました。かなり昔から徐々に進行した出来事なので、この状況が、みな自然だと思っているのです。実在しない時間を信じるが、変化を信じないのです。<br /><br /> ですから、歳を取ると、老いると、悩むのです。歳は何歳であっても、二十代、三十代の頃の身体で生きていたいのです。病気になると、ひどく狼狽するのです。死を怖がるのです。妄想の産物である時間は認めるが、絶対的な現実である無常を否定しているのです。<br /> <br /> 真理を変えることは不可能です。例えば「地球が丸い」ということは、変えられないのです。人間がこの不可能に挑戦しているのです。成功しないのは当然です。ただ、悩み苦しみが増えるだけです。<br /><br /> この妄想は、さらに拡大します。死にたくはない気持ちがあります。肉体が壊れることは避けられないと知ってはいるが、認めたくはないのです。それで「永遠の命」を考えるのです。何の証拠もないが、命は永遠であると盲信するのです。それに反論されたら困ります。ですから、「肉体が壊れても、壊れない霊魂がある」と弁解するのです。霊魂がある、という証拠もないのです。人間には霊魂があることにしているのです。<br /><br /> ついでに、「神」という妄想概念も作るのです。証拠はないが、神はいるということにするのです。神がいるということの証拠として、「霊魂がある」と言うのです。霊魂があるということの証拠として、「神がいる」ということにするのです。まともな人間ならやることではないが、みな真剣まじめです。<br /><br /> これも、「無常に逆らいたい」という気持ちから起きた現象です。不可能に挑戦しているのです。無駄な努力になることは決まっているのです。問題の発端は、「時間がある」と思った失敗にあります。無常を発見できなかったから、この失敗が起きたのです。ですから無常を発見する人は、一切の悩み苦しみから解放されます。<br /><br />■過去・現在・未来<br /> 時間という妄想概念から生まれた次の観念は、「過去・現在・未来」です。みなそれがあると思っているのです。仏典では、過去・未来・現在という順番にしているのです。それには理由があります。「過去はあった、未来はありえるだろう」という意味です。<br /><br /> 過去と未来は実在しないのです。現在のみが実在する。観念的なことを先に言って、実際にあることは次に言うのです。ですから仏典の順番は、過去・未来・現在です。しかしこの考えも、真理として説くのではなく、世間の考えを整理しているだけです。なぜならば、「現在はある」と言っても、瞬時に消えてしまうのです。生きている生命がやるべきことはすべて、「現在」行わなくてはいけないのです。過去と未来は蜃気楼のようなものなので、どうすることもできません。<br /><br /> 事実はこの通りですが、一般人には、過去もあり、現在もあり、未来もあり、なのです。ではこの三世について、均等に気にしているのでしょうか。それはほとんどないのです。過去ばかり気にする人もいるし、将来のことにひっかかっている人もいます。過去と将来の両方を気にする人もいます。<br /><br /> 現在に注意する人は、なきに等しいのです。ある人は真剣まじめにこう言います。「私は背中の翼のことで悩んでいる」。またある人は真剣まじめにこう言います。「私は頭の角のことで悩んでいる」。ではこのお二方について、どんなアドバイスをすればいいのでしょうか。みなさまなら簡単に、「頭がおかしい」と言うかもしれません。<br /><br /> では質問します。「私は過去のことで悩んでいます」「私は将来のことで悩んでいます」このように訴える人に、どう答えればよいのでしょうか。人間の翼のように、人間の角のように、過去も未来も存在しないのです。過去はあったでしょう。いま、ないのです。未来はもしかするとありえるでしょう。それも分からないのです。しかし、いまはないのです。<br /><br /> 人間には立ち直ることが不可能なほど、悩み苦しみがあるのです。観察してみてください。その悩み苦しみは、過去か未来の悩みなのです。妄想の結果なのです。欲・怒り・嫉妬・落ち込み・後悔・怨み・無知などの大量の悪感情が、過去に対して未来に対して生まれて、現在のひとの心を痛めつけているのです。過去と未来は妄想ですが、悩み苦しみと悪感情は現実です。<br /><br />■現在も問題です<br /> 人が現在を気にして生活するならば、問題は消えるのでしょうか。消えません。現在においても、執着が生まれるのです。いま食べるご飯に、いま聴いている音楽に、執着が生まれるのです。いま話している相手に対して、怒りがこみあげてくるのです。いま起きている出来事について、よく理解できなくて無知が生じるのです。<br /><br /> 人が過去と未来を忘れようとして生活するならば、すごく明るくて活発な人間になることは確かです。しかし、心に欲・怒り・無知などの感情が起きて、悩み苦しむことからは抜けられません。<br /><br /> 現在とは瞬時に消えるものなので、欲を抱くことにも、怒りをかきたてることにも、無知で落ち込むことにも、値しないのです。瞬間瞬間起きる出来事についても、「気にしない、執着しない、囚われない」という態度を取れるように、妄想や観念から脱出する訓練をした方がよいのです。<br /><br /> 結果は解脱です。お釈迦さまは物事のありさまを知って、「先(未来)を捨てなさい。後(過去)を捨てなさい。現在も捨てなさい」と説くのです。そうする人は、再び生老病死の苦しみに悩まされないのです。<br /><br />○イラスト:髙橋優子<br />▼参考テキスト<br />心を打ちのめす時間~執着がなければ苦しみもなし~<br />http://www.j-theravada.net/howa/howa211.html<br />♪生きとし生けるものが幸せでありますように♪










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