アルボムッレ・スマナサーラ長老の著書をたどる『長老のパーリ経典解説本を読破する』

特別連載 アルボムッレ・スマナサーラ長老の著書をたどる 『長老のパーリ経典解説本を読破する』 佐藤哲朗 (パティパダー2016年10月号)

●はじめに  久々の掲載となった「アルボムッレ・スマナサーラ長老の著書をたどる」ですが、今回は『大念処経』の刊行を一つの節目ととらえて、これまで出版されたスマナサーラ長老のパーリ経典解説本を網羅して紹介したいと思います。もちろん長老の書籍はすべてパーリ三蔵の教えに基づいて執筆されており、本のなかで経典の言葉が引用されることもしばしばです。ここでは経典の解説、特定の経典にちなんだ法話を主軸とした書籍のみを扱います。
 パーリ三蔵(経・律・論)のうち経典をまとめた経蔵は、長部(長編の経典集)・中部(中編の経典集)・相応部(テーマ別の経典集)・増支部(教えの項目の数でまとめた経典集)・小部(その他の経典集)という五つのカテゴリーに別れています。『ダンマパダ』や『スッタニパータ』など、一般の人々にも親しみが深いパーリ経典はこのうち小部(クッダカ・ニカーヤ)に含まれます。本稿では、まず『ダンマパダ』と『スッタニパータ』を扱った書籍を紹介して、次に中部・相応部・増支部の経典を扱った書籍、最後に長部経典を扱った書籍を紹介します。膨大なスマナサーラ長老の著作にアクセスする登山口の一つとして読んでいただければ幸いです。

●ダンマパダを読む

原訳「法句経(ダンマパダ)」一日一話 http://amzn.to/2emgDFv 佼成出版社(単行本,文庫本,電子書籍あり)2003年12月刊
 「あらゆるもののなかで、先立つものは心である。あらゆるものは、心を主とし、心によってつくりだされる。」(第一偈)など数々の金言で広く親しまれている『ダンマパダ(法句経)』にちなんだ掌編法話集です。長老自ら『ダンマパダ』から50偈を選んで和訳し、短い法話と併せて紹介。ランダムにどこからでも読める構成です。目次を眺めてみれば、いまの自分に当てはまる法話が必ず見つかるでしょう。パーリ語を自家薬籠中の物とする著者の手で日本語訳された『「原訳」ダンマパダ』は、従来の訳文に飽き足らなかった多くの読者から反響を得ました。テーラワーダ仏教僧侶による『ダンマパダ』法話という企画自体、実は画期的なものだったのです。十年以上経っても版を重ね続け、『心に怒りの火をつけない ブッダの言葉〈法句経〉で知る慈悲の教え』 (角川文庫)として文庫化もされました。仏教が気になり始めたという人に、まず手に取ってほしい一冊です。
原訳「法句経(ダンマパダ)」一日一悟  http://amzn.to/2ebW9P8 佼成出版社(単行本,電子書籍あり)2005年11月刊
 一日一話の続編です。正編に比べて紹介する偈の数を絞り込み、そのぶん密度を増した法話が28話収録されています。前作のゆったりした口調に比べると語り口も迫力を増していて、法話集としての切れ味の鋭さはスマナサーラ長老の数ある著作のなかでも随一だと思います。欲望や怒りとの付き合い方、日々の生活の迷い、社会システムの矛盾、人生の究極の目的まで、ブッダその人(釈迦牟尼仏陀)の息吹が伝わってくるようなシンプルでごまかしのない訳文と、それを受けて語られる迫力ある法話に触れるとき、「一日一悟」のタイトルはけっして大げさではないと実感できるでしょう。日本語で『ダンマパダ』にアクセスしようとする時、まっさきに挙げられる本として、長く読み継がれるのではないかと思います。「はじめに 平和の礎を築く」で強調されているように、一貫したテーマは「平和の実現」です。競争主義に囚われた私たちに、根本的な価値転換を促す作品なのです。
賢い人 愚かな人―人生を克服する34の智慧  http://amzn.to/2ebVFbY 大法輪閣(単行本)2000年8月刊行
 創刊以来、本誌パティパダーに毎月掲載されている「巻頭法話」から、一九九六年から九九年にかけて書かれた作品34篇をまとめた本です。『ダンマパダ』各章のうち、④花の章、⑤愚者の章、⑥賢者の章、⑦阿羅漢の章、⑧千の章、⑨悪の章までの主要な偈が取り上げられています。
一日を変えるブッダの教え  http://amzn.to/2ds8OhM サンガ(新書版,電子書籍あり)2016年1月刊
 こちらも本誌パティパダーの巻頭法話をまとめた本です。執筆年代ではなく、競争社会をどう生きる?、悩みの元は思考にあり、怒りを手放す、身体と心、好き嫌いは危険な妄想、幸福な人生を目指して、という6つのテーマに沿った30篇の『ダンマパダ』法話で構成されています。

●スッタニパータを読む

ブッダの「慈しみ」は愛を超える  http://amzn.to/2dTa6OR KADOKAWA(文庫,電子書籍あり) 2012年11月刊
 『スッタニパータ(経集)』は文献学的に最古の経典とされ大変重要視されていますが、実際に精読された方となると、そんなに多くないかもしれません。本書は、その経集からたった一つの短い経典『慈経(メッタ・スッタ)』を取りあげて逐語解説した作品です。二〇〇三年に協会から刊行された『慈経―ブッダの「慈しみ」は愛を越える (「パーリ仏典を読む」シリーズ (Vol.1))』の文庫版になります。「慈悲の冥想」のフレーズ「生きとし生けるものが幸せでありますように」は、この経典に由来します。スマナサーラ長老の解説は初学者にも読みやすいですが、決して甘い話ばかりではありません。最初の三偈で説かれる、「慈悲の実践」に求められる素直でまっすぐな人格を備えることができるだろうかと、たじろいでしまうかも知れません。しかしこの志の高さこそが、修行者の慢心を戒めてくれる効果を持つのでしょう。読めば読むほど釈尊の説法の巧みさに感動させられます。
「宝経」法話: Ratanasuttaṃ  http://amzn.to/2e65HKg 日本テーラワーダ仏教協会(施本,電子書籍Kindle版のみ) 2015年12月刊
 協会から刊行された施本(無料配布本)をもとにした電子書籍です。旱魃・飢饉・伝染病という三つの災害に苦しんでいたヴェーサーリーの人々を救済した逸話(注釈書による)から、『宝経(ラタナ・スッタ)』は伝統的に祝福経典・護経として重視されています。仏法僧(三宝)の徳を讃える内容で、各偈とも「この真実によって幸せでありますように」と締めくくられます。最も強調されるのはサンガ(僧)の徳で、とりわけ最初の聖者である預流果の境地について詳しいことも特徴です。「体・言葉・こころで罪を犯しても彼はそれを隠すということはしません。預流果に達した者は隠すことをしません。それゆえにサンガは勝れた宝なのです。この真実によって幸せでありますように。」(十一偈)預流果に達することは、仏道を歩む人にとって大きな目標でしょう。本書を読んで「預流果の性格」を熟知すれば、自らの心境を錯誤する危険から離れられるのではないかと思います。
原訳「スッタ・ニパータ」蛇の章  http://amzn.to/2dtYPUh 佼成出版社(単行本,電子書籍あり) 2009年6月刊
 『スッタニパータ』の巻頭を飾る『蛇経』全編に注釈を加えた作品です。「修行者は、蛇が脱皮するように、この世とかの世をともに捨て去る。」のフレーズで統一された17の偈を読みながら、仏教の核心である「真理に達した聖者のこころ」について多角的に深堀します。私たち凡夫が「この世とかの世をともに捨て去」った聖者の心境を知るためには、私たちのこころにあって、聖者のこころに「無い」ものは何であるかと見出すしかありません。ですから、聖者の心境について学ぶことは、渇愛・潜在煩悩・捏造(papañca)・無明などについて学ぶ営みになります。自らのこころの汚れを一つ一つ発見することを通してのみ、私たちは聖者の心境を推測できるのです。長老は「はじめに」で、『ダンマパダ』や『蛇経』のような韻文経典は、極限まで言葉を研ぎ澄ましたブッダの「公式」だと仰います。であるならば、本書はその公式を解読するための最上の「虎の巻」だと言えるでしょう。
 ここまで紹介した単行本の他にも、『瞑想経典編』(サンガ)に『スッタニパータ』由来の「勝利経」の解説が収録されていますが、次章で紹介いたします。

●さまざまな経典(中部・相応部・増支部など)を読む

「日々是好日」経―[新版]悩みと縁のない生き方― (初期仏教経典解説)  http://amzn.to/2eooXGh サンガ(単行本)2016年2月刊
 中部131『バッデーカラッタ・スッタ』などに引用されている「バッデーカラッタ・ガーター」という八行の偈を解説した作品です。二〇〇九年十一月に刊行された旧版に書下ろしの最終章「自分とは観念に過ぎない」を加えた決定版です。パーリ語のバッデーカラッタ(bhaddekaratta)は一夜賢者、賢善一喜など隔靴掻痒の直訳がされていました。スマナサーラ長老はこれに「日々是好日」という禅語を当てて見事に意訳されたのです。「過去を追いゆくことなく、また未来を願いゆくことなし。過去はすでに過ぎ去りしもの、未来は未だ来ぬものゆえに。現に存在している現象を、その場その場で観察し、揺らぐことなく動じることなく、智者はそを修するがよい。」過去への執着と未来への不安を乗り越え、今を生きる仏道、そしてその「今」さえも乗り越えて「無執着」に達する覚者の生きかたが力強く語られた金言です。本書で偈の意味を理解したら、ぜひ暗誦するまで日々念じてほしいと思います。
怒りの無条件降伏―中部経典『ノコギリのたとえ』を読む (「パーリ仏典を読む」シリーズ)  http://amzn.to/2dZUyOL 日本テーラワーダ仏教協会(単行本)2004年7月刊
 中部21『鋸喩経(カカチューパマ・スッタ)』を全文解説した作品です。怒りに囚われてトラブルを惹き起こしたある比丘に向けて、お釈迦さまは徹底した「怒りの克服」と「慈悲の実践」を説きました。たとえ盗賊に捕まって、生きたままノコギリで身を切られたような目に遭っても、相手に怒りを抱いてはいけないよ、という壮絶な喩え話がタイトルとなっています。出家者に対する説法ではありますが、経典のなかで語られる貴婦人と女奴隷のエピソード(いつもは温和な人であっても不快な言葉に接することで怒りに駆られてしまう危険性を説いた逸話)、他者から投げかけられる様々な批判の言葉への対処法、慈悲の冥想で体得すべき「大地のような心」「虚空のような心」「大河のような心」の解説など、時代や立場を超えた怒りの克服、慈しみの成長のありかたが懇切丁寧に説かれています。「怒らないこと」こそ、仏弟子にとって重要な修行なのだと学べる一冊です。
瞑想経典編 (初期仏教経典解説シリーズII)  http://amzn.to/2ds9uE1 サンガ(単行本)2013年2月
 施本として頒布された長老のパーリ経典解説から、冥想に関する5つの作品を加筆修正のうえまとめた選集です。①中部117『大四十経』を扱った『八正道大全-ブッダの「偉大なる四十の法門」』では、八正道の実践によって解脱に達するプロセスが詳述されています。②『瞑想による覚りへの道 お釈迦様のお見舞い』では、相応部六処篇『疾病経』(一)に基づいて、釈尊が病気の弟子たちを見舞った際の冥想指導を学びます。③『勝利の経』は身体の「不浄」を観察する経典で、『スッタニパータ』に収録されています。④『常に観察すべき五つの真理』は増支部五集より。老・病・死・愛するものとの別れ・業という五つの真理を念ずる冥想経典です。⑤『サッレーカ・スッタ 戒め-「自己」の取扱説明書』は、中部8『削減経』の解説。44の道徳項目を念じて自己を戒める冥想実践が詳説されます。スマナサーラ長老は本書の冒頭でこう記します。「渇愛を破る(原始脳に勝つ)方法は、八正道です。八正道の実践はいろいろな方法でできます。今回紹介する五つの経典でも、結局説かれているのは、八正道の実践なのです。」仏道の一貫性を多様な語り口で学べる充実した作品です。
 その他、単行本化はまだですが施本で刊行された経典解説がいくつかあります。『偉大なる人の思考 Mahā purisa vitakka』は増支部八集アヌルッダ経の解説。お釈迦様の教えとその覚りのエッセンスが凝縮された、少欲、知足、遠離、精進、気づき、禅定、智慧、不戯論(パパンチャを破る)という八項目に関する説法です。『仏道の八不思議 お釈迦様の教えの特色 pahārāda suttaṃ』は増支部八集パハーラーダ経の解説。これは仏教の優れた特徴を八項目掲げる「仏教の自己紹介」のような経典です。両著とも在庫切れですが、インターネットでPDFファイルを公開しています。書名で検索してみてください。現在も頒布中の『サンガーラワ経 能力を奪う五蓋と智慧を完成させる七覚支』と『預流果(最初の覚り)に至る条件 ~ブッダと在家信者との対話~ マハーナーマ経』はいずれも相応部大篇に収録された経典の解説本です。表題のとおり、五蓋、七覚支、預流果について理解するためには必読でしょう。

●長編の経典(長部経典)を読む

沙門果経―仏道を歩む人は瞬時に幸福になる  http://amzn.to/2er2ncm サンガ(文庫本)2015年3月刊
 長部2『沙門果経』は、お釈迦さまとマガダ国のアジャータサットゥ(阿闍世)王の対話を記録した経典です。ある満月の夜、侍医ジーヴァカの勧めでブッダと面会した阿闍世王はこう質問します。俗人は各自の職業から報酬を得て、自分と家族や友人などを幸福にし、死後の幸福のため沙門バラモンに布施をします。沙門についても、同じく現世における目に見える果報を示せるのでしょうか、と。六師外道の所説が語られる古代インド思想概説のような前半部に続き、後半は阿闍世の問いに釈尊が答えます。沙門の第一の果報とは、奴隷身分あるいは農夫身分の者でも、沙門となれば王者の尊敬をも受けること。さらに優れた果報として、五蓋を除去し禅定の楽に達することなどを挙げ、最上の沙門果は「解脱」であると結論づけます。説法を受けた阿闍世は三宝に帰依し、父王ビンビサーラを殺した罪を告白します。巧みな構成で「仏教」の全体像を掴むことができる必読の書です。
成功する生き方 「シガーラ教誡経」の実践  http://amzn.to/2edv9RB KADOKAWA(文庫本,電子書籍あり)2012年9月刊
 長部31『シガーラ教誡経(シンガーラ経)』はお釈迦さまがシガーラ青年に対して在家信者の生き方を懇切丁寧に説かれた経典で、『六方礼経』の名でも知られます。その全編にスマナサーラ長老が解説を加えた経典講義です。二〇〇八年に国書刊行会から出た『ブッダの青年への教え―生命のネットワーク『シガーラ教誡経』』文庫化のつもりが、作業過程でほぼ全文書き下ろしになりました。講義録のようなライブ感が魅力の底本に比べて、訳文を含めてより正確かつ明快な内容に生まれ変わっています。いわゆる「成功哲学」は世の中にごまんとありますが、本書は正覚者によって説かれた「成功哲学」の決定版と言えるでしょう。個人として守るべき道徳、六つの方角として示される人間関係の極意、身の回りの社会を住みやすく笑顔に満ちた環境に整備していくために自分は「社会人」として何をすべきか、現代人がこの古典から汲み上げることのできる智慧は無尽蔵だと思います。
大念処経 (初期仏教経典解説シリーズ)  http://amzn.to/2emkpOS サンガ(単行本)2016年1月刊
 長部22『大念処経』は、「衆生にとって、(心の)清浄に達するための、愁い悲しみを乗り越えるための、苦しみと憂いが消えるための、正理を得、涅槃を目のあたりに見るための唯一の道である」四念処の実践をテーマにした長編経典です。身体、感覚、心、覚りに関わる真理(法)という四つの側面から「気づきを確立する」実践法が順々に説かれますが、長老が特に力を入れて解説しているのは「法の観察」セクションです。五蓋、十二処、十種類の束縛、七覚支、四聖諦、といったお馴染みの仏教用語が、ここでは気づきの冥想の対象として立ち現れてきます。いわば、これまで知識・概念として学んできた仏教用語を「覚りの触媒」として用いるための実技練習が展開されるのです。本書は仏道実践(bhāvanā)に励む善男善女にとって必携なのは勿論、修行をさぼっている人のやる気を引き起こし、門外漢をも「如理作意」の世界へと誘ってくれる最上の筏【いかだ】のような作品だと思います。

●番外編:大乗経典も読んでみる

般若心経は間違い?  http://amzn.to/2er4RYm 宝島社(文庫)2007年8月
 「色即是空、空即是色」のフレーズで知られ、最もポピュラーな大乗経典として写経に読誦にと大人気の『般若心経』に対して、初期仏教の立場から厳しいツッコミを入れた問題作です。刊行以来、賛否両論を巻き起こしてきました。般若心経の内容については当然批判的な読みになります(同経における「空」理解の非論理性や呪文信仰への批判は強烈)が、同時に五蘊・十二処・十八界など般若心経に登場する仏教用語を使ったオーソドックスな仏教概論も展開されます。後半では、パーリ経典に登場する「空」の解説と、空の同義語である「無我」を説いた相応部経典が紹介されます。「生まれるのは苦である。あるのも苦である。消えるのも苦である。苦以外生まれるものはない。苦以外消えるものもない。」ヴァジラー比丘尼が語るその悟境の清々しさは感動的です。般若心経への批判をとっかかりとして、初期仏教のエッセンスを見事に伝えてくれる名著だと言えるでしょう。

~生きとし生けるものが幸せでありますように~