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zaike2号

Author:zaike2号
 東海ダンマサークルでは、東海地方をベースにお釈迦さまの説かれた「テーラワーダ仏教(初期仏教・上座仏教)」を、皆さんと一緒に学び実践するために活動しています。
 また、日本テーラワーダ仏教協会より、定期的に長老(お坊さま)方をお招きし、法話・勉強会・冥想実践(ヴィパッサナー)を行っています。

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#jtba「人生で出合うこと」~四門出遊は作られたエピソード~





協会のfbより紹介です。





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日本テーラワーダ仏教協会

#jtba「人生で出合うこと」~四門出遊は作られたエピソード~

 シッダッタ王子が出家したのはなぜか、ということを語る有名な物語があります。ある日、王子が公園に遊びに出かけたとき、ボロぞうきんのようになった老人が目に入りました。王子が驚いて、「これは何の生きものですか?」と、御者のチャンナに聞きました。なんと、王子は老いた人をそれまで見たこともなかったのです。御者のチャンナが、「すべての人々は必ず老いるのです」と王子に教えてあげました。その日は、遊ぶことに飽きた王子は、宮殿に戻ってしまいました。

 また別のある日、遊びに出かけた王子は、見ていられないほど苦しんでいる病人に会いました。ショックを受ける王子に御者チャンナはまた、「誰でも同じように病気になるのですよ」と説法されました。そしてまた別のある日、王子は死んだ人(死体)に出くわします。それでまた、「人は誰でも必ず死ぬのです」と、御者チャンナに説法されます。

 王子が最後に出会ったのは、修行者でした。「この人は何ですか?」と問う王子に、御者チャンナは「老病死という生きる苦しみから脱出して、永遠な安らぎを求めて出家して修行する人ですよ」と説法されたのです。それでシッダッタ王子は、「出家することしか自分にも選ぶ道はない」と決めたのです。

 この話は「四門出遊」のエピソードとしてよく知られているお話ですが、結局は作られた物語です。理論が成り立たないところがいくつかあります。天才的な能力の持ち主で、インドの学者さえ驚かせたシッダッタ王子が、人が老いることを知らなかったというのは、余りにもおかしいからです。

 作者はこのポイントをちゃんと知っていました。ですから父王が、「老人・病人・死体・修行者の姿が息子の目に触れぬようにと、シッダッタ王子を決して町に入れないように命じていたのだ」と書いていますが、それでも、あり得ないことです。

 物語の作者たちは私たちを何とか納得させるために、さらに工夫します。王子が見た老人・病人・死体・修行者は本物ではなく、神々が「王子はそろそろ出家する時期になった。遊びにふけっていてはダメだ」と思って見せた幻想だとも言うのです。天才的な能力を持っている王子が、学問をしたこともない御者チャンナに説法されるのはおかしい、という点については、「神々がチャンナの口を借りて説明した」と言って見事につじつまを合わせました。

 物語として、このエピソードは面白いと思います。私も子どもの頃、喜んで読んだものです。しかし、大事なのは物語ではなく、この物語が言わんとするポイントです。王子は生きる苦しみや幸福について、ふつうの人間の思考範囲に入らないレベルまで考察したのです。そして、「すべての生命は老い、病み、死ぬ。俗世間にしがみついて欲におぼれて生活すると、老病死の苦しみの渦巻きのまれる」と、とてもわかりやすい結論をまとめました。

 出家してから、シッダッタ王子は天才的な能力を働かせました。この「苦しみ」をなくす別な道を探すために、様々な研究や修行に打ち込んだのです。そして、出家してから六年余りが経った時、シッダッタ王子はついに「苦しみをなくすための方法」を見つけました。それから、シッダッタ王子は「ブッダ(悟った人・発見者)」「如来(真理に達した人)」と呼ばれるようになったのです。

 釈迦(シャカ)族から現れた仙人という意味で、「釈迦牟尼(しゃかむに)」「釈迦牟尼仏陀」とも言います。それらの言葉を普通の日本語で略して、「お釈迦さま」と読んでいるのです。

▼解説
 この有名な「四門出遊」の話は、先に引いたお釈迦さまの「老病死」への考察(増支部 三集 38)、『聖求経』(中部26)などの、自らの出家から成道までを振り返りつつ語った生々しい回想などを、神格化したものにすぎません。

 釈迦国は王国といっても小さな国でしたから、王族もしょっちゅう国民とふれあって、一緒に田畑を耕したりしていました。ですから、城門から出ずに、ずっと老人や病人、死者と遭うことがなかったというのは、あり得ません。四門出遊は過去仏であるヴィパッシー・ブッダの伝承に現れるエピソード(『大譬喩経』)を、お釈迦さまにも当てはめたものなのです。

●photo:Encounter... by Thomas Leuthard<flickr>
▼引用テキスト
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~生きとし生けるものが幸せでありますように~










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