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zaike2号

Author:zaike2号
 東海ダンマサークルでは、東海地方をベースにお釈迦さまの説かれた「テーラワーダ仏教(初期仏教・上座仏教)」を、皆さんと一緒に学び実践するために活動しています。
 また、日本テーラワーダ仏教協会より、定期的に長老(お坊さま)方をお招きし、法話・勉強会・冥想実践(ヴィパッサナー)を行っています。

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#jtba【音声】『箭経』Salla sutta





協会のfbより紹介です。






 

日本テーラワーダ仏教協会

#jtba【音声】『箭経』Salla sutta

アニミッタン アナンニャータン マッチャーナミダ ジーヴィタン
Animittaṃ anaññātaṃ,maccānaṃ idha jīvitaṃ;
カシラン チャ パリッタン チャ タン チャ ドゥッケーナ サンニュタン
Kasirañ ca parittañ ca,tañ ca dukkhena saññutaṃ.

ナ ヒ ソー ウパッカモー アッティ イェーナ ジャーター ナ ミッヤレー
Na hi so upakkamo atthi,yena jātā na miyyare;
ジャラン ピ パトゥワー マラナン エーワン ダンマー ヒ パーニノー
Jarampi patvā maraṇaṃ,evaṃdhammā hi pāṇino.

パラーナミワ パッカーナン  パートー パタナトー バヤン
Phalānamiva pakkānaṃ,pāto patanato bhayaṃ;
エーワン ジャーターナ マッチャーナン ニッチャン マラナトー バヤン
Evaṃ jātāna maccānaṃ,niccaṃ maraṇato bhayaṃ.

ヤター ピ クンバカーラッサ カター マッティカ バージャナー
Yathāpi kumbhakārassa,katā mattikabhājanā;
サッベー ベーダナパリヤンター エーワン マッチャーナ ジーヴィタン
Sabbe bhedanapariyantā,evaṃ maccāna jīvitaṃ.

ダハラー チャ マハンター チャ イェー バーラー イェー チャ パンディター
Daharā ca mahantā ca,ye bālā ye ca paṇḍitā;
サッベー マッチュ ワサン ヤンティ サッベー マッチュ パラーヤナー
Sabbe maccuvasaṃ yanti,sabbe maccuparāyaṇā.

テーサン マッチュパレーターナン ガッチャタン パラローカトー
Tesaṃ maccuparetānaṃ,gacchataṃ paralokato;
ナ ピター ターヤテー プッタン ニャーティー ワー パナ ニャータケー
Na pitā tāyate puttaṃ,ñātī vā pana ñātake.

ペッカタン イェーワ ニャーティーナン パッサ ラーラパタン プトゥ
Pekkhataṃ yeva ñātīnaṃ,passa lālapataṃ puthu;
エーカメーコー ワ マッチャーナン ゴー ワッジョー ヴィヤ ニッヤティ
Ekamekova maccānaṃ,govajjho viya niyyati.

エーワン アッバーハトー ローコー マッチュナー チャ ジャラーヤ チャ
Evaṃ abbhāhato loko,maccunā ca jarāya ca;
タスマー ディーラー ナ ソーチャンティ ヴィディトゥワー ローカパリヤーヤン
Tasmā dhīrā na socanti,viditvā lokapariyāyaṃ.

ヤッサ マッガン ナ ジャーナースィ アーガタッサ ガタッサ ワー
Yassa maggaṃ na jānāsi,āgatassa gatassa vā;
ウボー アンテー アサンパッスィン ニラッタン パリデーワスィ
Ubho ante asampassaṃ,niratthaṃ paridevasi.

パリデーワヤマーノー チェー カンチダッタン ウダッバヘー
Paridevayamāno ce,kiñcidatthaṃ udabbahe;
サンムールホー ヒンサマッターナン カイラー チェー ナン ヴィチャッカノー
Sammūḷho hiṃsamattānaṃ,kayirā ce naṃ vicakkhaṇo.

ナ ヒ ルンネーナ ソーケーナ サンティン パッポーティ チェータソー
Na hi ruṇṇena sokena,santiṃ pappoti cetaso;
ビィヤッスッパッジャテー ドゥッカン サリーラン チュパハンニャティ
Bhiyyassuppajjate dukkhaṃ,sarīraṃ cupahaññati.

キソー ヴィワンノー バワティ ヒンサマッターナマッタナー
Kiso vivaṇṇo bhavati,hiṃsamattānamattanā;
ナ テーナ ペーター パーレンティ ニラッター パリデーワナー
Na tena petā pālenti,niratthā paridevanā.

ソーカマッパジャハン ジャントゥ ビッヨー ドゥッカン ニガッチャティ
Sokamappajahaṃ jantu,bhiyyo dukkhaṃ nigacchati;
アヌットゥナントー カーラカタン ソーカッサ ワサマンワグー
Anutthunanto kālaṅkataṃ,sokassa vasamanvagū.

アンニェー ピ パッサ ガミネー ヤター カンムーパゲー ナレー
Aññepi passa gamine,yathā kammupage nare;
マッチュノー ワサマーガンマ パンダンテー ヴィダ パーニネー
Maccuno vasamāgamma,phandante vidha pāṇine.

イェーナ イェーナ ヒ マンニャンティ タトー タン ホーティ アンニャター
Yena yena hi maññanti,tato taṃ hoti aññathā;
エーターディソー ヴィナーバーヴォー パッサ ローカッサ パリヤーヤン
Etādiso vinābhāvo,passa lokassa pariyāyaṃ.

アピ チェー ワッササタン ジーヴェー  ビッヨー ワー パナ マーナヴォー
Api vassasataṃ jīve,bhiyyo vā pana māṇavo;
ニャーティサンガー ヴィナー ホーティ ジャハーティ イダ ジーヴィタン
Ñātisaṅghā vinā hoti,jahāti idha jīvitaṃ.

タスマー アラハトー ストゥワー ヴィネッヤ パリデーヴィタン
Tasmā arahato sutvā,vineyya paridevitaṃ;
ペータン カーラカタン ディスワー ナ ソー ラッバー マヤー イティ
Petaṃ kālaṅkataṃ disvā,neso labbhā mayā iti.

ヤター サラナマーディッタン ワーリナー パリニッバイェー
Yathā saraṇamādittaṃ,vārinā parinibbaye;
エーワン ピ ディーロー サッパンニョー パンディトー クサロー ナロー
Evampi dhīro sapañño,paṇḍito kusalo naro;
キッパムッパティタン ソーカン ワートー トゥーラン ワ ダンサイェー
Khippamuppatitaṃ sokaṃ,vāto tūlaṃva dhaṃsaye.

パリデーワン パジャッパン チャ ドーマナッサン チャ アッタノー
Paridevaṃ pajappañ ca,domanassañ ca attano;
アッタノー スカメーサーノー アッバヘー サッラマッタノー
Attano sukhamesāno,abbahe sallamattano.

アッブールハ サッロー アスィトー サンティン パップッヤ チェータソー
Abbūḷhasallo asito,santiṃ pappuyya cetaso;
サッバソーカン アティッカントー アソーコー ホーティ ニッブトー ティ
Sabbasokaṃ atikkanto,asoko hoti nibbutoti.

1 徴(しるし)もなし。予告もなし。この世の人の命というものは、惨めなもの。儚いもの。その上、苦しみに陥っている。

2 生まれた者が死なずにすむ、その手立ては何もなし。「老いて老いて、死に至る」生きるものにはこのきまり。

3 たわわに実った果実なら、夜明けとともに落ちるやも。生まれた人も同じこと。死の恐れ、常にあり。

4 陶工の作る土の器が、最後は必ず壊れる。人の命もそんなもの。

5 子供であれ大人であれ、愚者であれ賢者であれ、みんな死の力に征服されている。死はみなの行き着くところ。

6 死があの世にさらって行くのに、父でも息子を救えない。親族も親族を救えない。

7 泣きわめく親族の目の前で、さらわれていくのを見よ。人は孤独で死に至る。屠場に牽かれる牛のように。

8 老いと死が常にこの世を攻撃する。世のこの理を知る賢者には悲しみなし。

9 どこから来た者か、またどこへ逝ったか、それをあなたは知らない。両辺も見えないその人のために、あなたは無意味に嘆く。

10 泣き叫ぶことで得する何かがあるならば、それは頭の混乱、そして自己いじめ。智慧のある人ならこのように知る。

11 こころの安らぎは、泣き崩れること、嘆き悲しむことでは得られない。苦しみだけは増すばかり。身体はますます損なわれる。

12 身はやつれ、顔色が悪くなる。自分で自分を傷つける。死者の供養にもならない悲しむことは、無駄なだけ。

13 悲しみを断ち切らない者が、なおさら苦悩に陥る。亡き人を嘆く人は、悲しみに呑み込まれる。

14 摂理によって死んでいく他の人々も見るがよい。死期が近づくと、生命は震えるもの。

15 どのように思い願っても、起こることはその逆です(死なないようにと思っても、必ず死は訪れる)。無常とはそういうこと。世間の有様を観てごらん。

16 もし百年、あるいはもっと長く人が生きるとしても、親族と死別する。ついに自分も命を捨てる。

17 それゆえ、覚者に学び、悲嘆を克服しよう。逝った死者を見て、「この人はもはや得られない」と〔知ろう〕。

18 家についた火を水で消し去るように、智慧に満ちた賢者、巧みな人は、湧き起った悲しみを、風が綿花を吹き払うように、即座に消す。

19 自分の憂い・未練・悲しみを引き抜くこと。自分の幸福を求める者は、刺さった〔悲しみの〕箭(矢)を引き抜くのである。

20 箭を引き抜き、涼やかになり、こころの安らぎを得る。一切の悲しみを乗り越えて、悩みなき寂静に達する。
(Sutta-nipāta 小部 経集III-8)

▼経典テキストURL
http://gotami.j-theravada.net/sallasutta.pdf

~生きとし生けるものが幸せでありますように~










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