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zaike2号

Author:zaike2号
 東海ダンマサークルでは、東海地方をベースにお釈迦さまの説かれた「テーラワーダ仏教(初期仏教・上座仏教)」を、皆さんと一緒に学び実践するために活動しています。
 また、日本テーラワーダ仏教協会より、定期的に長老(お坊さま)方をお招きし、法話・勉強会・冥想実践(ヴィパッサナー)を行っています。

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智慧と善行為(6)---スマナサーラ長老 法話



Sabbe satta bhavantu sukhitatta
Yoshiko Demura出村佳子さんのブログ   の紹介です








自利と利他


智慧と善行為(6)
スマナサーラ長老 法話


善行為には二種類あります。
一つは、他人を助けることです。これは世の中の誰もが善い行為と見なしています。
では、自分のために何かやることは悪いことでしょうか? 
悪くありません。私たちは自分の幸福のためにいろいろなことをやる必要があるのです。

では、「自分のために善いことをする」ことと「他人のために善いことをする」ことと、どちらが善いことだと思いますか? 

それは判断できません。自分のことはおいておいて他人のためにやることが善行為であり菩薩行だという考えもありますが、あれは間違いです。結局、この二つを区別することはできないのです。

たとえば、若者たちがみんなおとなしく、自分のためだけにビシビシ勉強するとしましょう。ボランティアなど社会的な善い活動はしませんが、悪いことも何も しません。それで社会が悪くなると思いますか? 社会全体が明るくなるでしょう。私が私のためにまじめに勉強することは、自分のための自利の行為ですが、 それで社会も豊かになるのです。
仕事の場合も同じです。自分の仕事をしっかりおこなうこと、これは自利の行為ではありますが、結局は社会全体の繁栄につながるのです。

一人で静かに冥想したり、修行したり、戒律を守ったりすることは、他人や社会には関係がないことですが、そうやって立派な人間でいるだけでも、社会にとても善い影響を与えています。ですから、善行為は自利でも利他でもどちらでもよいのです。

あるいは、私が千円しか持っていません。その千円でごはんを食べようと外に出ました。その途中、たまたま道路で義捐金を集めている人たちに出くわし、持っ ていた千円を寄付しました。ごはんを食べようと思っていたのに、ごはんが食べられなくなりました。これは自分を犠牲にしたことですが、私は喜びを感じてい るのです。「善い行為をしました、よかった、よかった」と楽しい気分になっているのです。千円でごはんを食べたら、それほど長持ちする楽しみは得られない でしょう。

このように、他人のためにやった行為でも、その結果は自分に返ってきます。ですから、自利と利他は区別することができません。区別すること自体が間違いです。善行為をすることによって人格が向上しますし、また社会のためにもなるのです。


問題は心


続きはここ













Sabbe satta | 09:52:40 | トラックバック(0) | コメント(0)
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