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zaike2号

Author:zaike2号
 東海ダンマサークルでは、東海地方をベースにお釈迦さまの説かれた「テーラワーダ仏教(初期仏教・上座仏教)」を、皆さんと一緒に学び実践するために活動しています。
 また、日本テーラワーダ仏教協会より、定期的に長老(お坊さま)方をお招きし、法話・勉強会・冥想実践(ヴィパッサナー)を行っています。

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#jtba「マインドコントロールを解除するために」(前篇)






協会のfbより紹介です。





#jtba「マインドコントロールを解除するために」(前篇)

 マスコミのワイドショーなどは、この世で起こる色々な出来事の真相究明に必死です。犯罪容疑で人が逮捕されると、その人が何をやったかと、きめ細かく報道しますが、実際は拘置所で容疑者が何を喋っているか、検察側がどんな情報を調べているかは、外の世界には知られないはずです。何でもかんでも発表すると、正しく捜査することができなくなる。

 なのに、マスコミでは容疑者の態度や気持ちまで、報道するのです。どこから得た情報で、このように真相究明しているのかと、よく解らないのです。裁判で判決を出すためには何年もかかるが、マスコミは次の事件が起きた時点で、前の事件の判決まで出して終わるのです。犯罪だけではなく様々な問題について、マスコミの倫理にしたがって、ありのままの事実をそのまま発表するという名目で報道されるのです。

 たとえば報道については、自由と責任、正確と公正、独立と寛容、人権の尊重、品格と節度を守るという約束事があります。実際、倫理綱領が守られているのでしょうか?
 
 マスコミは決して倫理綱領を意図的に破ろうとはしません。むしろ、ついうっかりして破ってしまうケースの方が多いのです。現代マスコミの気になるところは、倫理綱領ではなく、何かをしてスクープを探し出して一般社会にアピールすることです。皆に見て欲しい、皆に読んで欲しい、という気持ちが強すぎて、情報は単なる娯楽番組に変身するのです。

 ジャーナリストは実際何が起きたか、ではなくて、自分の手に入ったわずかなデータに基づいて、いかに感動的な作品を作るのかということに、必死なのです。というわけで、公正も正確さも、独立も寛容も希薄になってしまうのです。たとえば日本で流れる北朝鮮の情報は、まったくワンパターンです。良いことは微塵も報じないのです。北朝鮮で流す日本に関わる情報も、恐らく似ているでしょう。

 オリンピック試合などはそのまま生放送する約束ですが、実際、番組を観ると、放送してくれるのは自国の選手たちが参加するところだけです。それはアメリカにしても同じ方針です。各国の日常の生き方、文化などを放送するときも、基本的なパターンがあるのです。ヨーロッパの日常習慣とアジア・アフリカの日常習慣が、同じ基準で放送されることはないのです。一般大衆が突然、韓国のドラマなどに釘付けになると、マスコミも韓国のものなら何でもすごいというアプローチで、様々な情報を放送することになるのです。

 ここまで書いたのは、マスコミを批判するためではありません。「事実を語る」場合、起こる問題を明確にするためです。人は事実を語ろうとしても、結局はバイアスが入るのです。色眼鏡で見たものは、正しく見えたとは言えないのです。バイアスもいろいろです。

 政治的なところで言うと、アメリカや西洋の政治に対して限りなく持ち上げたくなるバイアス、中国やロシア・北朝鮮について批判的なバイアス、アフリカなどの国々について無関心なバイアスなどが必ず入ります。事実はどうであろうとも、大衆の意見に合わせることもバイアスです。よく売れるように、視聴率を上げるように、放送するときは、金を儲ける目的というバイアスが入っているのです。自分が好きな有名人を褒め称える、好きではない有名人のいけないところだけ流す、などのバイアスもあるのです。

 権力者におびえて、また権力者の機嫌を取るために、情報を変えるというバイアスもあるのです。それは「恐怖」のバイアスです。問題は、人間にこころをバイアスから開放して事実を伝えることが可能なのか、ということです。ほとんど不可能だと思います。しかし、政党機関紙のように様々な組織が発表する新聞雑誌などのバイアスは、はっきりしていますから、問題にはなりません。問題は、バイアスはもってのほかだと言いつつ、情報を流す世界のことです。

 研究世界においても、バイアスが派手に機能するのです。相手より先に発表したい、先に特許をとりたい、儲かりたい、などの気持ちが入ると、研究の客観性が弱くなるのです。データのごまかしも起こるのです。歴史、考古学の分野でも、「好み」というバイアスが入るので、たいへん困るのです。

 好みによって、データの解説が変わるのです。中国の子供たちが学ぶ日本の歴史と、日本の子供が学ぶ日本の歴史は、派手に違うものです。考古学の場合は、何かを発見したら「一般人を感動させる」というバイアスが入るので、ひとかけらの破片を見て、当時の状況をビデオで観ていたような感じで発表するのです。

 哲学や宗教の研究の場合は、決まってバイアスなのです。研究者には、自分が好きな哲学思考があるので、その方向に傾けて哲学研究をする。宗教の場合は、自分の信仰があるので、研究成果はそのバイアスで塗り固める。聖書の言葉の解説にしても、説明はそれぞれの宗派によって変わるのです。

 これは仏教の研究についても同じことです。同じブッダの言葉であっても、解説は宗派によって変わる。宗教・哲学を解説する人々は、自分たちがバイアスでやっていると絶対言わないのです。そのように思ってもいないのです。自分こそが本当の意義を理解しているとまじめに思っているのです。そこで何が起こるのでしょうか?

 自分の宗派で新たに語っているアイデアがあります。それは元のブッダの教えに合うかもしれません。合わないかもしれません。合うか合わないか、どうでもいいのです。自分の宗派の論点が正しいと立証したいのです。そのためにブッダの言葉を引用するのです。

 ですから、解説は、自論を立証できるように偏向してしまう。このようなことは皆、悪気があって人を騙す目的でやっていると、決して言えないのです。誰でも正直なつもりです。誰でも、客観的に事実を調べているつもりです。誰でも学術的に研究しているつもりです。自分の力いっぱい、努力しているのです。しかし誰にも解説がバイアスによって偏向することを変えられないのです。つづく

●photo:Reporters by M M<flickr>
▼引用テキスト
「思考さえも自由にならない」~人間皆バイアスを持っている~
http://www.j-theravada.net/howa/howa149.html
~生きとし生けるものが幸せでありますように~

画像に含まれている可能性があるもの:1人以上、立ってる(複数の人)、歩いてる(複数の人)、カメラ、屋外










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