協会の記事ではありません。
サークル仲間の所感です。
<大仏とやっさんとやさしい教え>
6月11日 東海ダンマサークルのヤサ長老の法話会に行ってきました。今回は中部経典24「中継車経」です。
この経典は、世尊が問う尊敬に値する比丘の十項目についてと、そこから続くサーリプッタ尊者とプンナマンターニプッタ尊者の会話からなる七清浄の教えです。三学に4つの項目
を加えた七清浄は、涅槃を成就させる要素を、交代しながら人を目的地に送る七つの車(中継車)に例えた経典でした。
冒頭、世尊の問いです。
「比丘たちよ、生地において、いったい誰が梵行比丘たちの間でつぎのようなものとして尊敬されていますか、すなわち…
自ら少欲にして、少欲の話を比丘たちにしている者である(少欲)。
自ら知足にして、知足の話を比丘たちにしている者である(知足)。
自ら遠離にして、遠離の話を比丘たちにしている者である(遠離)。
自ら交際をせず、不交際の話を比丘たちにしている者である(不衆会)。
自精進努力をし、精進努力の話を比丘たちにしている者である(精進)。
自ら戒を成就し、戒成就の話を比丘たちにしている者である(戒)。
自ら定を成就し、定成就の話を比丘たちにしている者である(定)。
自ら慧を成就し、慧成就の話を比丘たちにしている者である(慧)。
自ら解脱を成就し、解脱成就の話を比丘たちにしている者である(解脱)。
自ら解脱智見を成就し、解脱智見成就の話を比丘たちにしている者である(解脱智見)。
と」
ヤサ長老の法話は、主題の三学と七清浄の解説から始まりました。
三学 仏教修行をするものが必ず修めなくてはならない三つのステップ
戒学(悪を止め善を修する道徳)
定学(寂静の中にあって精神を統一し雑念を払う集中力)
慧学(煩悩を断ち真の姿を見極める智慧)
七清浄(しちしょうじょう) 三学を完全にし、涅槃を成就させるもの
1 戒清浄 戒の汚れがないこと 定のために戒を護り続ける
2 心清浄 心の汚れのないこと 定が生じるまでの心修習
3 見清浄 汚れのない見
4 度疑清浄 汚れのない智で疑惑を超える因となる 正見
5 道非道智見清浄 道か道でないかを見て知る汚れのない智
6 行道智見清浄 進む道を知り見る汚れのない智
7 智見清浄 汚れのない智見
執着のない完全な涅槃を目指しながらも、執着を生んでしまう危険性は生じてしまう。だから正しく進むため、冥想が必要ということなのですね。
お経を読むのは楽しいことだけど、そこに記されていることをどれほど理解できているのかは、いつも疑問に感じます。だからこそ、法話を頂ける機会はとても大切で、嬉しいもの。ただ、僕の頭にはいつも難しい。