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zaike2号

Author:zaike2号
 東海ダンマサークルでは、東海地方をベースにお釈迦さまの説かれた「テーラワーダ仏教(初期仏教・上座仏教)」を、皆さんと一緒に学び実践するために活動しています。
 また、日本テーラワーダ仏教協会より、定期的に長老(お坊さま)方をお招きし、法話・勉強会・冥想実践(ヴィパッサナー)を行っています。

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・鈴木一生さん葬儀(通夜式)スマナサーラ長老の弔辞と法話





協会のfbより紹介です。





・鈴木一生さん葬儀(通夜式)スマナサーラ長老の弔辞と法話
2017年7月27日夕刻 南多摩斎場にて 書き起こし:佐藤哲朗
皆様よろしくお願いします。今日はほとんどがお寺の関係の皆様が、鈴木一生さんの冥福を祈るためにお集まりいただいております。私はこういう場所でしゃべる日本語はわかりませんので、ふつうの日本語でしゃべります。
■鈴木一生さんの功績を偲んで
仏教は人間に「いつでも前を向いて進みなさい」ということを言っていて、鈴木さんも生きている時は怖いほど前向きなんです。何か新しいことをつくらなきゃ気が済まないという、すばらしい、思う存分の明るさがありました。私たちは日本国中、テーラワーダ仏教、ヴィパッサナー瞑想、マインドフルネスの実践など、いまかなり若い方々、学識のある方々、お医者様、いろんな専門家の方々の間で、私たちテーラワーダ仏教で教えていることを勉強したり実践したりしているんですね。
協会から出している本なんかは、いま中国語やハングル語などにも翻訳されていて、けっこう幅広く活動はしています。このテーラワーダ協会を最初に設立して、最初の会長として活動したのは鈴木一生さんなんです。もしかすると、軌道に乗って回転すると「もう次のことをするぞ」と思ったかもしれません。でも、そういうわけではなく、いろいろ条件があって、私たちはあまりにもすごい勢いで進んでいたんだから、若い者にバトンタッチして鈴木さんが会長の座を降りましたけど。そこからも我々はすごく親しい関係でいました。
珍しい性格のかたなんですね。日本でテーラワーダ仏教の教えを紹介しようということに、鈴木さんが協力してくれなかったら、他の方はなかなか大胆なことをしようと思わないんですね。怖くて、しり込みするんですね。それを何のことなく一言、「やりましょう」ということでね、頑張っていただきましたので、いまテーラワーダ協会というのはしっかりと活動しています。
それから、みなさまは仏教関係の方々だからね、そういう宗教関係の方々に対して、役に立つことを何かしゃべってほしいという要望がありましたので、それについてしゃべります。
■すべて捨てて逝かなくてはいけない
生まれてきたものは誰でも亡くなります。誰でもこの世を去らなくてはいけないんですね。お釈迦さまは、それをずーっと念じてくださいと。お釈迦さまの言葉でいえば、「sabbaṃ pahāya gantabbaṃ (サッバン パハーヤ ガンタッバン)すべて捨てて逝かなくてはいけない」と。宗派はどうでもいいんだけど、私たちは「sabbaṃ pahāya gantabbaṃ」これをしっかり念頭に、頭の一番先に入れて、元気で活動しなくてはいけないんです。どんな活動をしたとしても、それを抱きしめて、それにしがみついて、私のもの、私のお寺、私の財産、そういうのは、まったく仏教的ではないんです。活動して人々のために前に進むが、何一つも囚われないで、捨てて捨てて捨てて捨てて、進まなくてはいけないんですね。「sabbaṃ pahāya gantabbaṃ」というのは、そういうことです。
■私は今日、どのように生きてきたのか?
それから、次のお釈迦さまの言葉は、「kathaṃ bhūtassa me rattindivā vītipatantīti (カタン ブータッサ メー ラッテンディワー ヴィーティパタンティーティ)私の日夜(昼と夜)は、どうだったのかと毎日、観察しなさい」と。毎日。これは、宗派は関係ないんです。私は今日、どのように生きてきたのかということを観察しなくちゃいけないんですね。この二つの言葉で、私たちに、人間のために、人類のために、人間の悩み苦しみを無くすために、前向きに活動することができます。それで、今日一日はどうだったんですかと。なーんかくだらないことばかりで無駄でした、と思ったら、それって失敗でしょうし、だから、今日は今日なりに頑張りましたと、これぐらいのことをやりましたと、そうやって毎日自分の成績表に「〇マル」入れるように、我々は生きているあいだで、生きていかなくちゃいけないんですね。だから、亡くなったときはどうでもいいんです。なにしゃべっても鈴木さんに聞えませんしね。ですから、一人ひとりが自分の成績表をね、しっかりと、「〇マル」か「◎二重マル」になるようにと、生きていかなくちゃいけない、ということは気をつけなくてはいけないと思いますね。
■業が与える宿題に取り組もう
次のポイントで話を終了します。いったい、人生ってなんなのかと。生きるということはなんなのかと。私たちは、ただ死ぬために生きているんですかね? 私が言いたいのは、人間として生まれるんだけど、人間のままで死ぬなよと。人間より優れた性格を持って死ななくちゃいけない。それはどうやってするのかというと、いたって簡単です。我々の業が、私たちに朝から晩まで、あらゆる宿題を与えてくれるんですね。毎日、我々に与えられる宿題を、ちゃんとこなさなくてはいけないんです。ちゃんとやらなくてはいけないんです。
時々、自分の自分の弟や兄が、ケンカを売ってくるかもしれない。それはケンカを売ってるんじゃない、自分に宿題を与えているんだと。あなたはこの問題をどうやって乗り越えますかと。また、奥さんに怒られるかもしれません。でも、相手が私に怒った、ではないんです。あ、この方が私に宿題を与えていると。会社でいろいろトラブルがあるかもしれません。それはトラブルではありません。人格向上するために、よりよい人間になるために、業が我々に宿題を与えているんです。だから朝、目が覚めたら、ずっと連続して宿題が次から次へと現れます。それはものの見事に、業が与えてくれるんです。
宿題をやってもやらなくても、業にはどうってことはないんです。ほとんどの人間は宿題に失敗するんです。それで、自分の善業が消えるんです。消えて悪業になるんです。だから我々、仏教関係の方々は、決まって自分に毎日、もしかすると毎分かもしれません、業が与えてくれるそれぞれの宿題に、ものの見事に合格しなくちゃいけないんですね。それはいたって簡単なことで、より明るく、より優しく、より生命を広く慈しんで、どうやってベストの結果を出せますかと、いつでも一人ひとりが努力しなくちゃいけないんです。
■無常偈
それが仏教の根本的な立場です。鈴木一生さんの冥福を祈ります。それから、我々テーラワーダ仏教では葬式に来たらいつでもとなえる偈がありますので、その偈をとなえて、皆様にも祝福いたしまして終了します。
Aniccā vata saṅkhārā, uppādavayadhammino; Uppajjitvā nirujjhanti, tesaṃ vūpasamo sukho.
Aniccā vata saṅkhārā, uppādavayadhammino; Uppajjitvā nirujjhanti, tesaṃ vūpasamo sukho.
Aniccā vata saṅkhārā, uppādavayadhammino; Uppajjitvā nirujjhanti, tesaṃ vūpasamo sukho.
(アニッチャー ワタ サンカーラー ウッパーダワヤダンミノー  ウッパッジトゥワー ニルッジャンティ テーサン ヴーパサモー スコー)
(生じて滅びる性質を持つ 諸行は無常である。  生じては滅びるそれらから [こころを]静めるのが安楽である。)
この偈は、お釈迦さまが涅槃に入られた瞬間、帝釈天がとなえて、お釈迦さまを礼拝した偈なんです。皆様に幸福がありますように。



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